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東京地方裁判所 平成6年(ワ)12220号 判決 1994年10月18日

《住所略》

原告

鈴木あきらこと

鈴木斐

《住所略》

被告

久保利英明

右訴訟代理人弁護士

中村直人

松井秀樹

清水真

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告は、原告に対し、金200万円を支払え。

二  被告は、日経ビジネス紙に別紙記載の謝罪広告文を1回掲載せよ。

第二  事案の概要

一  判断の基礎となる事実

1  原告は、平成5年10月1日、株式会社東海銀行の頭取伊藤喜一郎に対し、計1250億4700万円の返還を求める株主代表訴訟(以下「本件代表訴訟」という。)を提起した者である。

2  被告は、株主総会の指導等の案件を多く手掛けている弁護士であるが、日経P・B社発行の週刊誌「日経ビジネス」平成6年5月23日号のトレンド経営法務欄に、「株主の乱訴防止へ会社は取締役支援を」と題して、「過去数十社の総会に出席し、長時間にわたり不規則発言などを繰り返し、東海銀行総会において議長に暴言を吐いたりしたいわゆる「総会屋」が原告として、同行頭取に対し、銀行の回収不能金額等合計150億円余について提起した代表訴訟では、頭取側が申し立てた1億5047万円の担保提供を本年1月26日名古屋地裁は却下した。」との論稿(以下「本件論稿」という。)を執筆した。(以上の事実は、当事者間に争いがない。)

二  原告の主張

1  原告は多数の株主総会に出席しているが、正当な株主権の行使をしているにすぎないのであって、長時間にわたり不規則発言を繰り返したり、議長に暴言を吐いたりしたことはなく、総会屋ではない。実際、原告は、総会屋として各上場会社を訪問し、金品の要求又は物売り等を行ったことがなく、逮捕されたこともない。また、原告は10億円相当の資産を有しており、総会屋として営業する必要もない。

にもかかわらず、被告は、原告を「悪の代名詞」ともいえる総会屋と決めつけた本件論稿を執筆し、原告の名誉を毀損した。

2  よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料200万円及び日経ビジネス紙に別紙記載の謝罪広告文を1回掲載することを求める。

三  被告の主張

1  原告は総会屋である。

原告が総会屋であることの根拠は次のとおりである。

(1) 原告は昭和50年ころから総会屋活動を行い、「富吉商工研究所」の名称で機関紙「論闘ニュース」を発行し、株主権の行使に関し会社から金銭を受け取り、生計を立てていた。また、原告は昭和49年5月28日、「おれはあなたの会社の株主だ。株主のいうことを聞かないと、総会で役員がどんな目に合うかわからんのか。」等と言って、商社及び銀行等50社(判明分)から現金を脅し取った旨の恐喝容疑で逮捕されている。

(2) 原告は、改正商法が施行された昭和57年以降も、数十社の株主総会に出席し、しばしば不規則発言を長時間にわたって行っている。

(3) 原告は、会社に対し、しばしば訴訟を提起している。例えば、昭和58年に日新製鋼に対し、従業員持株会への補助金が株主に対する無償の利益供与になるとして株主代表訴訟を提起し、昭和59年には同様の内容の訴訟を熊谷組に対して提起している。熊谷組に対する訴訟については、昭和60年3月29日、福井地方裁判所において原告敗訴の判決がなされた。

(4) 原告は、昭和60年から平成3年まで、毎年、中央スバル自動車株式会社に対し、株主提案権を行使したが、いずれも否決された。

(5) 原告は、総会屋の氏名とその行動性向を記載した「担当者必携」に掲載されている。

(6) 原告は、警視庁の総会屋リストにも総会屋として記載されている。

(7) 原告は、平成5年10月15日付け読売新聞及び昭和49年5月28日付けサンケイ新聞において、見出しで「総会屋」と報じられている。

2  本件論稿は正当な記事であって、違法性ないし責任が阻却される。

(1) 本件論稿は公共の利害に関する事項につき、公益目的で執筆された。

本件論稿は、株主代表訴訟が急増する社会情勢を背景に、濫訴といえる株主代表訴訟から会社の役員を防衛し、有能な人材を確保するための方策について、法律的な観点から提言しているものであって、本件論稿は広く経済社会一般の注目を集めている問題に関するものであるから、公共の利害に関する事項にあたる。

また、本件論稿は、本件代表訴訟における担保提供申立事件決定を客観的に把握し、その判断内容を前提として、会社の取るべき対策ないし法律解釈論のあるべき姿を論じたものであって、専ら公益を図る目的に出たものである。

(2) 本件論稿の内容は真実である。

本件論稿に記載のある原告の株主総会での言動及び原告が総会屋であることは全て真実である。

(3) 本件論稿の内容が真実であると信じたことには相当な理由がある。

本件論稿の内容が仮に真実でないとしても、被告は「決算ニューズ」、原告が株主総会に出席した各社からの情報及び警察からの情報等に基づいて本件論稿を執筆したのであるから、真実であると信じたことに相当な理由がある。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  昭和57年以前の活動について

(1) 原告は、昭和57年商法改正以前においても、株主権行使に係る不正の金品を株式会社から取得したことはない。「論闘ニュース」の購読料及び広告料等をもらいに各社を訪問していたことは認めるが、右料金は株主権行使に関わりのない通常の料金の授受にすぎない。原告は右金銭の授受に関し領収書を発行し、納税も行った。また、商法494条違反として摘発されたこともない。「論闘ニュース」は商法改正後直ちに廃刊した。

(2) 昭和49年5月28日の逮捕は、新聞報道と異なって、足利銀行東京支店から3000円もらった容疑であって、当時の中央警察署第四課長が手柄稼ぎのため、強引に恐喝事件として立件し、不当逮捕したものである。故に右事件は不起訴処分となっている。

2  昭和57年以降の活動について

原告は、上場会社の株式を趣味と投資益を兼ねて、百数十社・数十万株所有している。原告の行動は投資益を求めるための株主権に基づく適法な行為である。原告は株主権の不正違法行為を理由として逮捕されたことはないし、訴えを提起されたことも、株主総会会場から退場命令等を受けたこともない。裁判において、悪意の訴訟を提起したと認定されたこともない。

3  「担当者必携」及び警察の総会屋リストについて

原告が「担当者必携」及び警察の総会屋リストに掲載されていることは認める。しかし、「担当者必携」には総会屋を始めとして右翼、やくざ、ミニ新聞屋、レポート屋等様々な人物が掲載されている。また、警察の総会屋リストには一定の基準も定義もなく、右リストは独断や推測に基づく信用度の低いものである。右リスト中、直接株主権行使に関わる者は全体の3割にすぎない。

4  被告が原告を総会屋とした根拠全般について

総会屋とは、株主権を悪用して不正な利益を得る違法な業なのであるから、風評や推測に基づいて総会屋と断定することは決して許されない。にもかかわらず、被告は違法事実を具体的に証明することなく、風評や推測のみに基づいて原告が総会屋であると断定した。

五  争点

1  本件論稿が原告の社会的評価を低下させるものであるかどうか。

2  本件論稿の違法性

(一) 本件論稿が公共性及び公益目的を有し、かつ、その内容が真実であるといえるかどうか。

(二) 本件論稿の内容が真実でないとした場合、真実であると信じるについて相当な理由があったといえるかどうか。

3  損害の額及び謝罪広告の必要性

第三  争点に対する判断

一  本件論稿における原告の特定

本件論稿においては、いわゆる総会屋が東海銀行頭取に対し合計1250億円余の金員の会社への支払を求める株主代表訴訟を提起したこと、その訴訟の原告は過去数十社の総会に出席し、長時間にわたり不規則な発言を繰り返し、当該銀行の株主総会において議長に暴言を吐いたりしたいわゆる「総会屋」であること、その訴訟中の担保提供申立てが却下されたことが記述されているが、いわゆる「総会屋」と言われた者が原告である旨の指摘は何もない。

もっとも、右訴訟については、訴訟が提起された直後である平成5年10月15日の読売新聞の夕刊に、「総会屋が株主訴訟」との見出しで報道がされている(乙第1号証、第2号証の1、2)が、その報道中の原告を特定する表現としては、「東京都墨田区で不動産競売業を営む総会屋(50)」とされているのみで、一般の読者には、これが原告であることを容易に知ることはできないものである。しかも、右新聞報道における訴訟上の請求額は150億円とされており、本件論稿に記述された訴訟と右新聞報道に係る訴訟とが同一であるかどうかは、一般の読者には容易に知ることができない。また、本件論稿の掲載された雑誌が発行されたのは平成6年5月下旬であり、右新聞報道から7か月経過していることも、本件論稿と右新聞報道を結び付けることを困難にしている。

ところで、本件論稿には、右訴訟に係る訴訟費用の担保提供の申立てが、平成6年1月26日、名古屋地裁において却下された旨の記述があり、乙第4号証によれば、右決定は法律専門雑誌である「商事法務」の同年2月号に掲載されていることが認められる。したがって、この雑誌記事と合わせ読めば、本件論稿が原告のことを述べていることは、法律専門雑誌購読者に分かることになり、その意味で、本件論稿は原告を特定したものということができる。

本件論稿と原告との結び付きが右のとおり一応肯定される以上、これによって原告の社会的評価は低下するものといえる。しかし、このように原告の特定自体が別に発行される法律専門雑誌と対比しなければ困難であることは、本件論稿の違法性を判断する上で、違法性を軽減する要素として考慮すべきものである。

二  本件論稿の違法性

次に、本件論稿の違法性の有無について判断する。

本件論稿は、株主代表訴訟の在り方について論ずるものであり、公共の利害に関する事項について、公益を図る目的で執筆されたものであることは、論稿自体から明らかである。

本件論稿は、原告のことを、「過去数十社の総会に出席し、長時間にわたり不規則発言などを繰り返し、東海銀行総会において議長に暴言を吐いたりしたいわゆる総会屋」と記述している。ところで、乙第4号証によれば、名古屋地方裁判所は平成6年1月26日の決定において、本件論稿中の右記述部分の「いわゆる総会屋」との記述を除く部分について、真実の疎明があったものと認めている。そして、他に反証はないから、この部分の記述は真実であると認めるのが相当である。

この事実から当該行為者のことを「いわゆる総会屋」と表現することの適否についてであるが、総会屋という表現は法律その他の有権的規定に定められたものではなく、慣用語というべきものであり、わが国では一般国民に利用されている国語辞典の一つである広辞林(第5版)においては、「少数の株を持ち、あちこちの会社の総会に出席して、いやがらせを言ったり議事妨害などを常習とする者」と定義されていること(乙第74号証)からすると、被告が前記真実の証明のあった事実をとらえて、その行為者のことを「いわゆる総会屋」と記述したとしても、それは、社会通念上許された表現であり、仮にそれ以上の「いわゆる総会屋」であることの証拠が特にないとしても、本件論稿と原告との結び付きについて前記一のような事情のある本件においては、右表現は違法性を欠くものというべきである。

三  総会屋の他の定義との関係

総会屋の定義については、右国語辞典のような定義のほか、例えば、警察庁関係者の研究に基づく定義によれば、「株主総会における発言・議決の権利行使に必要な株を保有し、株主総会で質問、議決を行うなど株主として活動する一方、株主権の行使に絡ませてコンサルタント料、新聞・雑誌等の購読料、賛助金等の名目で企業から利益の供与を受け、または受ける恐れのある者」とされており(乙第72号証)、前記の国語辞典の定義に比べ、違法な経済的利益の取得を要素として考えるものもある。

そこで、この観点から、原告について「いわゆる総会屋」と記述したことが真実といえるかどうかについて、さらに検討する。

1  原告が総会屋等のリストである「担当者必携」及び警視庁の総会屋リストに掲載されていること、昭和57年の改正商法施行以前に、「富吉商工研究所」の名称で機関紙「論闘ニュース」を発行し会社から購読料・広告料等の支払を受けていたことは当事者間に争いがない。

2  乙第18ないし第64号証によれば、原告は、昭和58年8月から平成5年6月までの間に、少なくとも延べ37社の株主総会に出席して不規則発言を行ったこと、平成4年の東海銀行株主総会においては30分以上質問を行い、「東海銀行は、名古屋特有の排他的、ドケチ根性が著しく、腐敗している。旧態依然とした冷酷無情な高利貸し的経営管理。」等の発言をしたこと、平成5年の東海銀行株主総会において質問を行い、「伊藤議長においては公正な株主総会の運営は全く期待できない。そこで中立的な人間を当総会議長として新たに選出する必要がある。」という趣旨の議長不信任案をより過激な言い回しで提案したこと、平成5年には、他に横浜ゴム、ユニー及び有楽土地の株主総会に出席し、横浜ゴムでは「当社はサラリーマン経営、雇われマダム的」と発言する等して50分近く質問したこと、ユニーでは西川親子の退任と退任取締役の留任を求める修正動議を提出し、ビラを撒いたりして示威行為を行ったこと、有楽土地では「大成建設がバックにありながら、万年二部上場に甘んじた」現状維持の姿勢を非難し、大成建設の責任も追及したこと、乙第6及び第7号証によれば、昭和58年に日新製鋼に対し、従業員持株会への補助金が株主に対する無償の利益供与になるとして株主代表訴訟を提起し、昭和59年には同様の内容の訴訟を熊谷組に対して提起したこと、熊谷組に対する訴訟については昭和60年3月29日、福井地方裁判所において原告敗訴の判決がなされたこと、乙第8ないし第17号証によれば、昭和60年から平成3年までの7年間、中央スバル自動車株式会社の定時株主総会において、株主配当金、取締役賞与金、商号変更を始めとする定款の一部変更、取締役報酬引下げ、取締役解任及び原告自らを監査役、検査役又は取締役に選任する件について毎年のように株主提案権を行使し、いずれも否決されたことが認められる。

3  右認定事実に顕れた原告の株主総会における言動及び株主総会に向けての言動は、右警察庁関係者の定義に係る総会屋の典型的な活動であり、これだけの活動がある場合には、違法な経済的利益の取得についても、少なくともそのおそれがあるものと認定して差し支えないものというべきである。

したがって、総会屋の定義について、違法な経済的利益の取得を要素と考える立場を採った場合にも、原告を「いわゆる総会屋」と記述した本件論稿の違法性は阻却されるものといえる。

四  結論

以上のとおり、本件論稿は原告の名誉を違法に侵害するものではないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 園尾隆司 裁判官 森髙重久 裁判官 古河謙一)

別紙 《略》

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